コラム

2014年10月29日(水)

どうすれば「できなかった人が、できるようになる」のか?

松波 晴人

 先日、ハワイに行く機会があった。そのときに、シーライフパーク・ハワイというイルカやアシカのショーを楽しむことができるマリンパークを訪れた。

 イルカのショーでは、5匹のイルカが同時にジャンプする、という見事なシーンを始め、素晴らしいパフォーマンスを見ることができた。さらに、ショーの前には、水着で水の中に入ったお客さまにイルカが握手したり、イルカが後ろからお客さまの足を鼻先で押して前進させる、というアトラクションも行われていた。

 私は、イルカの見事な動きに称賛の声を上げるとともに、とても素朴な疑問を持った。「いったいどうしてこのようなことが可能なんだろうか?」 

 もちろん、相手はイルカなので、言葉で指導することはできない。「エサを使って芸を仕込んでいるんだろう」ということぐらいは推測できるが、「時には厳しく叱ったりもしないとここまでにはならないんだろうか?」といった疑問も次々にわいてくる。

 そこで、このシーライフパーク・ハワイでトレーナーを務めていた行動生物学者が執筆した書籍をさっそく読んでみることにした。

 その書籍によると、すべては「正の強化」のみで行われているのだという。つまり、イルカに芸をさせるために、「罰」を与えることはせず、「きちんとできたときにフィードバックする(ほめる、餌をあげる)」だけを行っているというのである。

 これは人間にもそのまま応用できるものだろうか?人間も動物である。組織の中で、上の人間が「正の強化」のみを実施し、「罰」を与えなかったら、うまくいくだろうか?

さて、みなさんはどう考えるだろうか?「人間はイルカではないから、そういうやり方ではうまくいかない」という考える人もいるだろうし、「その点では人間もイルカも同じだろう」と考える人もいるだろう。

 この「正の強化」について考えていたときに、漫画家の西原理恵子氏が悩み相談に答える、という書籍の内容を思い出した。それは、「使えない部下にいらいらする」という男性からの相談に対する西原氏の回答である(以下本文から引用)。

 もし本当に育てようという気があるんなら、わかりやすくできることをまずやらせる。最初は「大きな声で返事をする」とかでいい。たった一個の小さなことでも、できるようになったらホメる。できなかったことは一切けなさないというのが基本です。

 西原氏が相談者にアドバイスしている内容は、まさに上述の「できたときに正の強化をやりなさい」「できないからといって罰を与えるのはやめなさい」と同じことである。

 では、本当のところはどうなのだろうか?西原氏のアドバイスは、イルカにだけではなく人間にも本当に適用できるものだろうか?

 行動生物学者の答えは「イエス」である。人間であっても、基本は同じであるという。

 書籍の中には、「正の強化」の効果について、大学での宿題提出の例が紹介されている。あるクラスでは、宿題をやってこない生徒の方が多かった。担当教師は授業の最初に10分もかけて、生徒たちの努力不足について怒りを表明していた。しかし、ある時に思い直し、「やってこない人を叱るのではなく、やってきた人をほめる」ように行動を改めたところ、クラスの雰囲気もよくなり、宿題を提出する人が圧倒多数になったとのこと。

 さて、芸を仕込まれる側であるイルカは、このプロセスを一体どう感じているのだろうか?イルカとは会話できないので厳密な検証は困難であるが、イルカは「人間から調教を受けてコントロールされている」と思っているのではなく、「自分が人間を教育し、餌を出すように躾けている」と思っている、という説が有力である。結局のところ、ショーでお客さまを楽しませる、という価値を生むうえで、実は人間もイルカもwin-winの関係にある、ということである。

 「正の強化」は、win-winが成り立つときにのみ使われるべきであろう。上述の例の「講師」と「生徒」は、「宿題を出す人が増えて授業が楽しくなる」という意味でお互いにwin-winである。「使えない部下の相談者」と、「使えない部下」も、「正の強化」によってお互いがwin-winになれる。

 逆に言えば、「使えない」と言っているだけで何もしなければ、そしてダメ出しだけをしていれば、lose-loseの関係になってしまう。また、調教師側だけが得をしてイルカ側が損をし続けるwin-loseの関係では、長続きしないだろう。

 あなたの職場はどうだろうか?「正の強化」が自然と起きている健康的な組織だろうか?それとも、「罰」が跋扈し、「罰を受けないように行動しよう」と考える人が多い不健康な組織だろうか?

 どれだけポジティブな人でも、ネガティブな人でも、野心的な人でも、小心な人でも、「他者に認められたい」という思いを持っているという点では共通している。

 ぜひ「正の強化」を積極的に取り入れてはいかがだろうか?

<参考書籍>
「うまくやるための強化の原理」 カレン・プライア
「生きる悪知恵」 西原理恵子