コラム

2015年4月27日(月)

Wicked Problemを解くために重要なこと、それは「関係性(Relationship)」

松波 晴人

Wicked Problemと、その特徴

3月の本稿では、
今組織の大きな問題は、「Wicked Problem」を、「Complex Problem」として解こうとすることから起こっているのではないか?
という提言をさせていただいた。

組織で「どういう価値を提供するべきか?(=Wicked Problem)」の議論をしているときに、「それで本当にうまくいくのか?(=Complex Problem)」という枠組みで考える前に、「そもそも、どうしていきたいのか?」という意志を明確にする必要があるのではないか、という内容である。(詳しくは前回の本稿をお読みください)

では、Wicked Problemは、どのようにして解いていけばいいのであろうか?
「今後どういう戦略をとるべきか?」「子どもをどういう人間に育てればいいだろうか?」といったWicked Problemには、以下の特徴がある。

・どうすればよい、という正解は存在しない
・問題の原因が複雑に絡み合っているため、どのような取り組みを行っても、新たな問題が生じることは避けられない
・ステークホルダーの数が多いため、「すべての人が満足する」ということはありえない

Wicked Problemを解くために重要なカギは、「関係性(Relationship)」である。本稿ではこの論点について述べる。

Silo(サイロ)とは?

最近、海外の学会でも話題になっているキーワードがある。それはSiloである。Siloというのは、もともとは穀物や飼料を保存しておく貯蔵庫のことである。ただ、辞書で引いてみると、もう一つ意味があることが分かる。もう一つの意味とは、「各部門が組織全体のことを考えず、自己部門のことだけを考えること」である。穀物の貯蔵庫はいくつもがバラバラに立っていて、隣の貯蔵庫を見るための窓がないため、このような意味に使われるようになったのであろう。
このSiloという言葉については、アメリカ人もドイツ人も繰り返し使っていたので、世界的な現象だとみることができる。
つまり、世界中で、「組織と組織の間の仲が悪い」ということが起こっているということである。

あなたの組織では、このSiloの問題、すなわち「本社と現場」「開発と営業」「技術系と事務系」の関係性はどうなっているであろうか?

「私の会社では、2部門の組織間の打ち合わせで、怒号が飛び交っています。ほとんどケンカです。」
「怒号が飛び交うなんて羨ましい。ウチの会社では、お互いに遠慮しあって、言いたいことも言わずに会議が終わってしまう」
という会話を聞いたことがある。
後者よりは前者の方が、まだコミュニケーションがあるだけよい、という考え方にはうなずけるものがある。

若者たちの行動観察をすると、見えてくるのは、「関係性を保つ」ことの重要性である。
友人との関係を壊さないため、同質性を保つことが重要となり、「意見を戦わせる」「本音で悩みを共有する」ということがほとんどない。ファッションにおいても、双子コーデに代表されるように、「みんなと同じ」「みんなから飛び抜けない」ことが重要となっている。

これは、なにも若者たちだけに起こっている現象ではない。我々の組織にも同じことは起こっている。
すなわち、「関係性を壊さないこと」が最優先となっているために、「軋轢を生まないよう、正直な思いをぶつけたりはしない」「本質的なことを言わない方が利口だ」といったことが起きている。
「おとなしい関係性」は若い人たちだけの特性ではなく、世の中全体、ありとあらゆる世代、そして組織もそうなっている、とみることができる。

行動に影響を与えるレジリエンスとは?

どうしてそのようなことになるのであろうか?
それは、一言でいうと、「個人・組織のレジリエンス(resilience)」が低いから、である。
レジリエンスは、もともとは物理学用語である。ゴムボールを指で強く押すと、その部分がへこむ。しかし、指を離すと、元通りのボールの形に戻る。この「もとに戻る力」がレジリエンスである。復活力と訳してもいいかもしれない。
心理学用語としてのレジリエンスは、精神の復活力のことを指す。
個人の復活力、組織の復活力が下がってきているのではないか、というのが私の仮説である。

レジリエンスが低いということは、打たれ弱い、ということを意味する。
ボールから指を離しても、その部分はへっこんだままで、なかなかもとに戻らない。
打たれ弱い人たちが集まると、自分が打たれるのは嫌なので他人が少しでも嫌だと思いそうなことはしなくなる。そして、上述のような「言いたいことがあっても言わない」コミュニケーションスタイルとなってしまう。

そのようなコミュニケーションスタイルが習い性となると、関係性を維持しているように見えて、実際には関係性が悪くなっていく。本質的な情報の行き来がなくなってしまうと、それはもはや「関係」ではなくなってしまう。

先日、本屋さんで書棚の前に立って書籍をいろいろと見ていたら、書棚と私の間を小さな子供が走り抜けた。少し驚いたが、別にどうということはないのでそのまま本を見続けていたら、母親が子供を「人に迷惑かけたらいけないでしょ!」としかりつけ、私にも丁寧にも謝っていかれた。
この「人に迷惑をかけてはいけない」という考え方が、特に日本では強いのではないだろうか?

「会議でこんなことを言うと、あの人に迷惑がかかるから言わないでおこう」
「こういうことを言うと、誰かが怒るかもしれないから、言わないでおこう」
これではいつまで経っても本質的な議論ができない。
「本質的な議論のできない調和」というのは、「調和」ではなく、単なる「先送り」である。

そしてそのような状態は、レジリエンスが低い状態であると言える。

組織のレジリエンスが高いと、以下のような状態となる。
 ・いろんな人や物事と関わり合いを持つ
 ・自己効力感(自分は何事かを成し遂げることができるという思い)を持つ
 ・新しいことにチャレンジする

逆に、レジリエンスが低いと、以下のような状態となる。
 ・本質的な問題に対処することを回避する
 ・何をやっても無駄だという無力感から、行動を起こさない
 ・やり方が変わることに脅威を感じて抵抗する

さて、あなたの組織では、どちらがよりあてはまるだろうか?

レジリエンスを高めるには

では、どうすればレジリエンスは良くなっていくのであろうか?
本稿では2点だけ申し上げたい。
1点目は、減点主義というよりも加点主義で考える、ということである。「うまくできた」ときには「できた」というフィードバックを必ずすること。これまでは、そもそも右肩上がりの世の中というものが、ポジティブフィードバックを与えてきたが、それが保証されない以上、別のルートでポジティブフィードバックを提供する必要がある。
現状ではあまりに減点主義すぎて、「うまくできた」ときでさえ、「できた」ことをフィードバックせず、「できなかったこと」のみフィードバックをしていないだろうか?

2点目は、みんなが評論家をやめて、当事者との認識をしっかり持つことにある。この点は、とても重要でありながら、特に大きな組織では難しい課題であると考えられる。なぜなら、正しい危機感を持っても持たなくても、あまり自分の評価には影響しないからである。

しかし、すべての人がそうなってしまっているわけではない。
日本のアーチスト「きゃりーぱみゅぱみゅ」が3月にリリースして人気の新曲「もんだいガール」では、
みんなと同じでないと責められ、「もんだいがある」とされてしまうことへの違和感
が表現されている。

また、欧米では「セレーナ・ゴメス」が、「Who Says」といった曲を通じて、
まわりの人たちが自分に無力感を持たせようとしても、私は自己効力感を失わないぞ
という思いを表現している。

これらの曲が共感を生み、ヒットしていることから考えても、
「評論家として安全なところから石を投げる人」
よりも、
「どれだけ石を投げつけられようが、当事者としてアクションを取ろうと考える人」
でありたい
との思いを持っている人もしっかりいる、ということである。

個人と組織のレジリエンスが高い状態であれば、「自己効力感」をもとに積極的に様々なことにかかわり、「他人への迷惑」を気にすることなく、「お客さまのためにこれをしなければ!」という議論ができる。
Wicked problemを解くために早急に取り組まなければならないのは、組織のレジリエンスを上げ、「組織と組織」「人と人」の関係性を良くすることではないだろうか?
Wicked problemは「意思と行動の問題」と訳すべき、と私は考えるが、関係性が良くならないとsilo状態が続き、いつまでたっても「意志」を共有することができず、「行動」も起こらない。このままでは組織の人たちが評論家だらけになってしまいかねない。