コラム

2015年6月23日(火)

「お客さまの立場で考え、お客さまを満足させる」という表現のどこがおかしいのか?

松波 晴人

お客さまを第一に考える、ということの重要性について、異論を唱えるひとはほとんどいないと思う。
「お客さま第一」は、その企業の社是になっていることも多い(現に、「お客さま第一」「社是」で検索すると、膨大な数の企業のウェッブサイトにヒットする)。

しかし、社是にするということは、「“お客さま第一”を実現するためには、組織や社員が常から意識しておく必要がある」ということを意味している。その価値観を意識せず普通に仕事をしているだけでは、いろんな事情が優先され、「お客さま第一」にはなっていかないということである。

タイトルに示した
「お客さまの立場で考え、お客さまを満足させる」
という表現について、あなたは違和感を持っただろうか?
それとも、「別におかしな点は何もない」と感じただろうか?

正直に言うと、私はつい先ごろまで、この表現に違和感を持たなかった。しかし、ある気づきを得た今では、激しい違和感がある。その理由を今回はご説明したいと思う。

人間には、「いざというとき」「ふとしたとき」の言葉や行動が強烈に印象に残る、という特性がある。
例えば、あなたが女性で、ある男性と結婚したとする。その男性はあなたに対して熱烈に「君のことは、私が守りとおす」と常々言っている。そして、ハネムーンで海外旅行に出かけたふたりは、ある町のレストランでランチを取ろうとしたところ、現地の目つきのよくない人達にからまれてしまった。その時、その男性はあなたを残して逃げようとした。

このときに、あなたならどちらを信じるだろうか?
「君のことは、私が守りとおす」という彼の言葉だろうか?
それとも、自分を見捨てて逃げようとした彼の行動だろうか?
たぶん、「後者の方が本当だろうな」と受け取るだろうと思う。結婚生活が続いても、男性が逃げようとした事実は、あなたの記憶からは消えないだろう。

このように「いざというとき」「ふとしたとき」の言動が心に残るのは、「表向きにどう言っているか」よりもずっと、その人が「本当はどう考えているのか」を知ることができるからである。

これと同じで、ビジネスにおいてもお客さまは「企業がオフィシャルにどう言っているか」よりも、「いざというとき」「ふとしたとき」にどういう言動を取るかをよく見ている。
なぜなら、そういったときの「言葉」「行動」は、その人となり、また企業の考え方(=マインド)を如実に表しているからである。

さて、ここで冒頭の
「お客さまの立場で考え、お客さまを満足させる」
という言葉に戻ろう。この表現のどこがおかしいのだろうか?

答えは単純である。前半と後半の表現が矛盾しているからである。
「お客さまの立場に立っている」のであれば、「お客さまを満足させる」という表現は使えないはずである。
本当に「お客さまの立場に立って」考えているのであれば、「お客さまに満足していただく」といったように、表現の主人公が「お客さま」にならないとおかしい。
「お客さまを満足させる」という表現は、「ひょっとすると、この会社はすごく上から目線でお客さんのことを見ているのではないか?」という疑念も招きかねない。

あなたがあるレストランに入ったとしよう。店主が出てきて、
「うちは、お客さまを満足させるために頑張っています」
と言われたら、あなたは違和感を持たないだろうか?
「うちは、お客さまに満足していただくために頑張っています」
という表現なら、違和感を持たないと思う。それと同じである。

今回のこの問題の怖いところは、かなり多くの人がこの表現について、最初違和感を持たない、という点にある。つまり、普段のいたらないマインドが、知らないうちにお客さまに伝わってしまっているかもしれないのである。

落語の「算段の平兵衛」の中に、このようなエピソードが出てくる。
ある男がお金に困って、美人局(つつもたせ)をしようと思いついた。自分の妻と組んで色仕掛けで男性を家に誘導し、程の良いところで「間男見つけた!」と踏み込んで因縁をつけ、お金を取ってやろうという企みである。しかし、この落語の中のエピソードでは、「間男見つけた!」と言うべきところを、あわてて「美人局見つけた!」と言ってしまってすべてがバレてしまう。

このように、「何を言うか」はその人が「何を考えて、何を思っているのか」を図らずも示してしまう。

「お客さまの立場で考え、お客さまを満足させる」
という表現に違和感を持たなければいけない、と言われたときには、いろいろと反論することが可能である。

一番考えられる反論は、
「お客さまの立場に立った上であっても、お客さまを満足させる主体はあくまで我々の側なのだから、“満足させる”という表現に、何も間違いはない」
というものである。

もちろん、論理だけで考えれば、この反論は正しい。

どこにも間違っている点はない。
しかし、このように論理的に「正しいか」「正しくないか」という枠組みだけで考えることそのものに問題がある。
論理的に正しいとしても、この発言を繰り返す店主がいるレストランが繁盛することはないだろう。

結局のところ、人はこういう「ふとした発言」から、発言者が「自分のため」に頑張っているのか、「人のため」に頑張っているのか、その「本心」を鋭く読み取るのである。

そう考えると、「正しいか」「正しくないか」だけで考えることには限界がある。
ビジネスでお客さまと密接な関係を作っていくには、「正しい」「正しくない」だけでなく、「どう考えて仕事をするか」という「思い(マインド)」をどのように持つか、が重要になってくる。

「イノベーションのジレンマ」を著したクレイトン・クリステンセンにも、以下の発言がある。

Smart companies fail because they do everything right.
頭のよい企業は、すべて正しいことをするがゆえに失敗する

持ち前の真面目さと頭の良さをもとに「正しいかどうか」を議論することも重要であるが、頭だけでなく心も使って、「どういう思いを大事にするか」を議論することがより重要であると私は考える。