コラム

2015年7月27日(月)

「オオカミ少年」と「見逃し三振」の、どちらを失敗とみなすのか?

松波 晴人

どの組織も、日々「成功」に向けて邁進している。
ただ、失敗を減らそうと努力するあまり、成功することも減ってしまってはいないだろうか?

あなたが高校野球の監督だとしよう。逆転のチャンスが巡ってきたときに、とっておきの代打を出す、という状況を想像していただきたい。残念ながら、送り出された打者はそのチャンスを生かすことができず、代打は失敗に終わった。しかし、失敗には2種類ある。
 失敗(1) ボール球に手を出して凡打になった
 失敗(2) ストライクを見逃して三振した
どちらの失敗の方が、チームとして問題が大きいだろうか?

もう1つ、ケースを考えてみよう。あなたは体調が悪いので病院に行ったとする。精密検査を受けた後、あなたは医者から診断結果を聞くことになる。このとき、医者が失敗し、誤診するのにも2種類ある。
失敗(1) ガンはないのに、「ガンがある」と誤診する
失敗(2) ガンがあるのに、「ガンは無かった」と誤診する
どちらの失敗の方が、あなたにとって困ることだろうか?

信号検出理論という考え方がある。
信号検出理論は、ごくごく単純に説明すると、「ノイズが多い中、信号を正しく検知できるかどうか、を知るための理論」である。
例えば、冬山で遭難した人が、救助を求める信号を音で送るとしよう。大雪の中、強い風が吹いているとノイズが多いので、基地にいる救助隊には何か音が聞こえたとしても、それが「ノイズ」なのか、「救助信号」なのかの判別が難しい。
救助信号が実際に出ている場合、救助隊が正しくそれを「信号が出ている」と判断することをHit(当たり)といい、「信号は出ていない」と判断することをMiss(外れ)という。また、救助信号を誰も出していない場合、救助隊が正しくそれを「信号が出ていない」と判断することをCorrect Rejection(正しい棄却)といい、「信号が出ている」と判断することをFalse Alarm(間違った警報)という。

この考え方に沿って、前出の2つの事例を解釈すると、失敗(1)の「ボール球に手を出す」も「ガンはないのに、ガンがあると誤診する」も、False Alarm(間違った警報)ということになる。まさに、オオカミはいないのに、「オオカミが来た!」と叫ぶ少年と同じ間違いをすることになる。
さらに、失敗(2)の「見逃し三振」も、「ガンがあるのにガンは無かったと誤診する」のも、Miss(外れ)ということになる。つまり、なんらかのアクションを取るべきだったのに、その機会を逃すことを意味する。

さらに言えば、Hit(当たり)は、野球の例でいうと「ストライクを打つ」、病院の例でいうと「ガンがあるときにガンがあると正しく診断する」ということである。
また、Correct Rejection(正しい棄却)は、野球の例では「ボールを正しく選んで塁に出る」だし、病院の例では「ガンがないときに、ガンがないと正しく診断する」ことを意味する。

長々と述べてきたが、言いたかったことは、「失敗には2種類ある」ということである。「見逃し三振」を意味するMiss(外れ)と、「オオカミ少年」を意味するFalse Alarm(間違った警報)である。

これを、新しいサービスや商品を世に出すかどうかの意思決定をするときに応用して考えてみたいと思う。
このとき、Hit(当たり)に該当するのは、「これはヒットするだろう!と思ったサービス・商品を提供し、成功につながった場合」であろう。さらに、Correct Rejection(正しい棄却)は、「このサービス・商品は顧客に受け入れられないだろうと考えて投資を止め、それが正しい判断である場合」である。
では、「見逃し三振」を意味するMiss(外れ)はどういう場合だろうか?これは、「このサービス・商品は顧客に受け入れられないだろうと考えて投資を止めたが、もし発売していれば成功していた」という場合である。これは、「機会損失」ととらえることができる。
さらに、「オオカミ少年」を意味するFalse Alarm(間違った警報)はどういう場合だろうか?「これだ!と思ったサービス・商品を提供したが、失敗に終わった」という場合である。これは、「投資の失敗」ととらえれば分かりやすい。

当たり前であるが、我々は成功したい。ではどういう戦略をとればいいのだろうか?
ここで、我々がコントロールできることの一つは、「信号への感度」である。「ノイズの可能性が高くても、なるべく信号としてとらえてみよう」という戦略をとるのか、それとも「確実性を重視し、それが信号だという確証がかなり高くない場合は信号とはみなさない」という戦略をとるのか、によって結果は大きく変わってくる。

もしこれが先述の医者の診断であれば、あなたは「信号への感度」を上げてもらうことを望むだろう。なぜなら、「ガンはないのに、ガンがあると誤診する」ことが少々あったとしても、「ガンがあるのに、ガンは無かったと誤診する」ことを避けてほしいと思うだろうからである。つまり、ガンを「見逃し三振」されるぐらいなら、「オオカミ少年」が時々出る方がよい、と判断するはずである。

しかし、「サービスや商品の意思決定」においてはどうだろうか?実際のビジネスにおいては、「信号への感度」を下げ、「オオカミ少年」になるぐらいなら、「見逃し三振」することを選んでいないだろうか?つまり、うまくいくかもしれないけど、失敗するリスクがある場合には、そのサービス・商品のリリースをしないでおく、という行動をとっていないだろうか?

なぜそうなるのだろうか?
それは、「医者の診断」と「サービスや商品の意思決定」では、その特性に違いがあるからである。
「医者の診断」の場合は、時間が過ぎればいずれ「ガンがあること」は明らかになる。つまり、「見逃し」が発覚するわけである。しかし、「オオカミ少年」をしてガンがないことが明らかになった場合には、患者はほっとするだけでそれほど責められることはない。
しかし、「サービスや商品の意思決定」の場合は、他社が全く同じコンセプトでサービス・商品を出さない限り、「見逃し」かどうかは明らかにはならない。つまり、後から責められることが少ないと考えられる。しかし、「オオカミ少年」の場合、すなわちサービスや商品をリリースして受け入れられなかった場合には、「失敗したこと」が明らかになってしまう。

つまり、「見逃し三振」も「オオカミ少年」も、どちらも失敗なのであるが、「サービスや商品の意思決定」のときには、後者の方が「失敗であるかどうか」の判別が明確になってしまうわけである。
さらに、「サービスや商品の意思決定」においては、Correct Rejection(正しい棄却)もそれが正しかったのかどうかの判別は難しい。実際にリリースしていないのだから、「このサービス・商品は顧客に受け入れられないだろうと考えて投資を止め、それが正しかった」のかどうかは厳密にはわからないのである。

これが、「サービスや商品の意思決定」において、感度を下げて「確実性を重視し、それが大丈夫だという確証がかなり高くない場合はアクションにつなげない」戦略が取られる理由であると考えられる。

ただ、この戦略を取り続ける限り、社内では説明がしやすくても、自動的に「見逃し三振」を増やすことにつながる。つまり、明示的な「投資失敗」をすることが減る分、見えにくい「機会損失」も増えるのである。
信号(=顧客の支持)があるかどうかについて確実でなければアクションをとらないでいると、信号を見逃すことが増えるのは自然なことである。
これが、冒頭に述べた「失敗を減らそうと努力するあまり、成功することも減ってしまっていないだろうか?」が実際に起こっている理由である。
成功を増やそうとすると、「信号への感度」を上げる必要がある。感度を上げることで、チャンスを見逃すことが減り、成功が増える。そして、当然の流れとして「オオカミ少年」も増える。しかし、それを覚悟し、許容できるかどうかである。

もちろん、取れないリスクは取ってはならない。しかし、せっかくのチャンスがあっても慎重すぎて見逃しばかりしていては、いつまでもヒットは打てないし、勝負が他人まかせになってしまう。そういう意味では、「見逃し三振」の方が、「ボールに手を出す」よりも組織としては問題がある。
「他社が新しいサービスで成功しているけど、あのアイディアなら我々もとっくに持っていた」という事態は「見逃し三振」の典型例であり、とても誇れるようなことではない。

我々は、取れるリスクの範囲で、「見逃し三振」という見えにくい失敗を、「オオカミ少年」のように明示的な失敗よりも強く意識すべきであり、より避けるべきではないだろうか?
「オオカミ少年」を個人の失敗に帰するのではなく、組織の学びとすることで、「チャンスに着実に打てる」ようになっていくべきであると考える。