コラム

2013年6月27日(木)

行動観察とは、他者理解であり、他者理解による自分へのフィードバックなのである。

松波 晴人

 先日、ある高齢者の方(仮にAさんとお呼びしましょう)とお話していたときのことである。その人は生活の中で、「美味しい食事をすること」をとても大事にされていて、家で凝った料理を作ったり、飲食店で食事をすることが大好きである。

 なので、美味しいお店があると聞くと、すぐに自分の舌で確かめるべく訪問するとのことだった。そんなAさんだが、どれだけ美味しくても、二度と行かない店がいくつかあるという。それらのお店の接客が悪いわけではない。値段が高いわけでもない。お店の場所が遠いわけでもない。みなさん、「美味しくても二度と行かないお店」ってどういうお店だと思いますか?

 答えは、「注文の仕方が難しいお店」である。メニューを見て、「これと、これと、これ」と注文できるお店なら何も問題はない。
「注文の仕方が難しいお店」とは、セットメニューが何種類かあって、ひとつのセットを選んだとしても、さらにそこからメインを5種類から選び、デザートを4種類から選ぶ、といったお店である。
若い人からすれば、「そんなの、簡単なことでしょう?」と思うことかもしれない。しかし、ほんの少しシステムが複雑になるだけで、「美味しくても2度と行かないお店」になってしまうかもしれないと考えると、深刻な課題である。

 このように、行動観察とは、「他者理解」である。自分だけで思考しているだけでは得られない気づきを、他者と接することで得る。そして、その気づきを自分の価値観(例:そんなのどうしてできないの?)だけで位置づけてしまうのではなく、その他者に共感することで自分ごとにする。そして、有効な手を打っていく。
これができるようになるには、自分と他者は違う価値観で行動している、ということをまずは認める必要がある。
また、他者が自分と違う価値観を持っていて、それはどういうものなのか、が分れば、結局は自分自身を見直すことにもつながる。

行動観察とは、他者理解であり、他者理解による自分へのフィードバックなのである。