コラム

2013年7月25日(木)

新しい価値を生むときにも、これと同じことが必要である。

松波 晴人

 サスペンス映画を見たり、推理小説を読んでいると、とても意外な結末が待っている場合がある。ある映画では、ストーリーの終盤まで善人だと思っていた人が本当は一番の悪人だった。
またある映画では、それまで普通に登場していた人物がすべて幽霊だった、というものすごいエンディングだったこともあった。

 通常、こういった映画では、「それまでのストーリーを、普通はこう解釈するよね」という「一般的な解釈」があり、一般の鑑賞者はそちらの解釈を自然と取るようになる。しかし、最後の最後で、それとは異なる「異端の解釈」が提示され、それまでのストーリー上の様々な出来事が、
その新しい解釈ですべて説明できてしまう。鑑賞している者は、あざやかに裏切られ、「なるほど、そういうことだったのか!」という驚きを得ることになる。

 新しい価値を生むときにも、これと同じことが必要である。

 つまり、「得られた事実を、普通に解釈する」だけでなく、「得られた事実を、これまでと異なる解釈をする」ことが必要となるということである。このギャップは、いろんなところで起こりやすい。一番わかりやすいのが、企業とお客さまである。たとえ同じ商品・サービスであったとしても、企業は「この商品・サービスはAという理由で売れている」と思い、お客さまは「この商品・サービスはBという理由で買う」といったように、「売れている事実データ」は同じであっても、「売れている理由」についてはその理由にギャップがある場合もある。

 このような場合、企業が「売れている理由はA」という誤解をしている限り、次に出す商品・サービスがお客さまに受けいれられる確率は低いかもしれない。

 一番大事なのは、「常に考え続ける」ということである。最初に思いついた一つの結論に飛びつくのではなく、「こういう見方も出来るのはないか?」と考える必要がある。

 サスペンス映画を観ているとき、探偵小説を読んでいるときと同じように、「あれ、これはこういう解釈でいいのかな?」「犯人はこの人っぽいが、本当はこちらの人では?」といったように、日常生活においても常に考える、しかも新しい解釈を求めて考え続ける、これをぜひ癖にしていただきたい。

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